
三菱UFJインフォメーションテクノロジー株式会社
ネットワーク・クラウドサービス部
渡瀬 健さん
2016年入社。全国拠点のネットワーク機器リプレースやPCI-DSSセキュリティ審査を担い、入社以来、拠点ネットワークに従事
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私たちの生活に欠かせない、Wi-Fi。使えて当たり前のものとして広く普及しているが、実はネットワーク技術の中でも少し異質な存在だ。
電波という「見えない媒体」を使い、通信状態は周囲の環境や端末の利用方法に大きく左右される。誰もが手軽に使用できる一方で、通信障害の再現性が低く、原因の特定も難しい。
この扱い辛さに真正面から向き合ったのが、三菱UFJインフォメーションテクノロジー(以下、MUIT)。同社は、三菱UFJ銀行の全国343拠点・10万台超の端末を対象に、通信状態の常時モニタリングと異常の自動検知・記録が可能な体制を構築した。
MUITは、いかにしてWi-Fi通信を「運用できる対象」に変えていったのか。プロジェクトを主導したネットワーク・クラウドサービス部の渡瀬さんと上村さんに、話を聞いた。
三菱UFJインフォメーションテクノロジー株式会社
ネットワーク・クラウドサービス部
渡瀬 健さん
2016年入社。全国拠点のネットワーク機器リプレースやPCI-DSSセキュリティ審査を担い、入社以来、拠点ネットワークに従事
三菱UFJインフォメーションテクノロジー株式会社
ネットワーク・クラウドサービス部
上村 尚輝さん
2019年入社。有人店舗やATM専用の無人店舗におけるネットワークリプレースを中心に担当し、現場環境に即した構築・改善に従事
ーーまずは、今回のWi-Fi環境刷新プロジェクトが発足した背景を教えてください。
渡瀬さん:背景にあったのは、端末の使用方法や業務スタイルの変化です。近年の三菱UFJ銀行では、リモートワーク用のノートPCやペーパーレス化によるタブレット端末の利用が拡大しています。
さらにはお客さま自身がスマートフォンで手続きを行うケースも増えたことで、既存のWi-Fi環境や場所によって不安定なモバイル通信では、ニーズに応えきれなくなっていたんです。
ーー働き方やサービスが変化する中で、通信環境がボトルネックになってしまっていたと。
上村さん:はい。ネットワークを含むITインフラは、もはや単なる設備環境ではなく、社員の働きがいやお客さま満足度にも直結する重要な「経営基盤」だと認識しています。
経営層もその重要性を理解しており、将来を見据えた戦略的な投資として、今回のプロジェクトがスタートしました。「必要な部分には戦略立てて積極的に投資していく」というのは、MUFGグループのカルチャーでもありますね。
――エンジニアの立場から見ると、また違った課題もあったのでしょうか?
渡瀬さん:はい。まず、無線インフラが乱立していた点は大きな課題でした。
私たちネットワーク・クラウドサービス部が管理している公式のWi-Fi以外にも、各部署が利便性を求めて個別に導入したWi-Fiルーターや、協力会社の方々が業務のために持ち込んだポケットWi-Fiなどが、オフィス内に多数存在していました。
これらの機器が互いに電波干渉を起こし、結果的に公式Wi-Fiも含めて全体の通信効率を下げてしまっている状況だったんです。当然、通信品質の標準化もできていませんでした。
上村さん:渡瀬が挙げた点に加えて、運用面で特に深刻だったのが「障害調査の難しさ」です。
Wi-Fiは、周囲の電波状況や利用者の移動などによって状況が刻一刻と変わるため、障害発生時の状況把握や原因の再現が難しい。ユーザーから申告がある頃には既に状況が変わっており、「結局、何が起きていたのか分からない」ということも日常茶飯事でした。
そのため、従来は専門機材を持って現地調査を行うしかありませんでしたが、これには数時間単位の時間がかかります。しかも、原因が特定できない「空振り」に終わることも少なくありませんでした。
渡瀬さん:また、Wi-Fi障害への対応には、通常の有線LANネットワークの知識に加えて、電波に関する専門知識や特有のプロトコルへの理解が必要となります。
そのため、対応できる担当者がどうしても限られてしまい「障害対応が属人化」してしまっていた点も、迅速な問題解決を妨げる要因となっていました。
――課題の解決に向けて、何から取り組んでいったのでしょうか。
上村さん:まずは「どの部署で、どのような無線機器が、どれだけ使われているのか」を全部門にヒアリングし、行内に乱立していた無線インフラの状況を正確に把握することから始めました。
その分析結果を踏まえ、次に着手したのが「非公式なWi-Fi」の抑制です。
行員への電波干渉リスクの周知やルールの徹底に加え、各部署による個別機器の持ち込みを制限する仕組みを整備しました。無秩序だった電波環境を整理し、安定運用を前提としたWi-Fi基盤へと置き換えるための、下地を整えていったのです。
その上で、刷新するWi-Fi環境の基盤技術はどうするかの検討を進めていきました。
――具体的には、どのような技術を?
渡瀬さん:今回私たちは「Wi-Fi 6E」という無線通信規格を採用しました。
Wi-Fi 6Eは、従来の2.4GHz帯や5GHz帯に加えて、新たに開放された6GHz帯という周波数帯を利用します。この6GHz帯は、既存のWi-Fiや他の無線機器との電波干渉が非常に少なく、より高速で安定した通信を実現できるメリットがあるんです。
Wi-Fi 6Eを全面的に採用することで、通信品質そのものを抜本的に向上させることを狙いました。
上村さん:一方で、Wi-Fi 6Eは、私たちのような10万台超の大規模環境での導入事例がまだ少ない規格です。参考事例のない新技術を、これだけの規模で安定して稼働させるためには、規格そのものの性能だけに頼るわけにはいきません。
そのため、Wi-Fi端末の多様な使われ方を細かく分析し、それらの利用条件を満たす「アクセスポイントの配置」にも注力しました。
――障害調査の難しさや属人化に対しては、どのような対策を考えられたのでしょうか?
上村さん:運用面に関しては、「通信状況を常時把握し、問題が発生した瞬間の情報を確実に記録できる仕組み」を目指しました。そのため、今回のプロジェクトでは「オブザーバビリティ(可観測性)」の考え方を全面的に取り入れています。
中核となるのは、今回新たに導入した「Wi-Fi通信品質監視基盤」です。
この基盤では、Wi-Fiに接続する数万台の社用PCやスマートフォンなどの、接続状態や電波強度、データレートなどを常時モニタリングしています。
それらのデータをリアルタイムで収集し相互に関連付けて分析することで、何か問題が発生した際には過去に遡って状況を確認したり、関連する通信データを自動的に記録したりできる仕組みです。
渡瀬さん:この監視基盤には、AI技術が組み込まれています。
AIが平常時の通信パターンや品質レベルを学習し、そこから逸脱する「異常」な振る舞いを自動で識別する。異常を検知した際には、その瞬間の詳細な通信データであるパケットキャプチャを自動的に実施する機能も実装しました。
パケットはネットワーク障害の解析において最も重要な情報ですが、従来は現地調査で専門家が大変な労力をかけて取得していたものです。データの取得プロセスを自動化することで、障害調査の深掘りと、原因特定までのスピードを劇的に向上させることを狙いました。
上村さん:加えて、これまで属人化していた障害対応体制そのものを見直し、「Wi-Fi専門ヘルプデスク」の設置も行っています。
専門ヘルプデスクのオペレーターが、先ほどお伝えした監視基盤を活用することで、高度な専門家でなくても迅速かつ的確な一次切り分けを行い、ユーザーへの対応やエスカレーションを行える体制を目指しました。
――システムを設計・構築していく段階では、さまざまな苦労もあったのではないですか?
渡瀬さん:Wi-Fi特有の「端末との相性問題」にはかなり苦労しました。
例えば、アクセスポイント側で最新の通信効率化機能を有効にしても、接続する端末側(PCやスマートフォンの無線LANアダプター)がその機能にうまく対応できず、かえって通信が不安定になってしまったケース。
事前の検討段階では「最新機能を使えばもっと良くなるはず」と期待していましたが、いざテストしてみると予期せぬ結果となりました。そのため、計算上だけでは分からない端末相性や利用実態を踏まえ、パートナー企業やメーカーとも連携しながら、緻密なシミュレーションを重ねたんです。
当初はもっと攻めた設計を考えていた部分もあったのですが、最終的には安定性を最優先し、一部の機能をあえて無効化するといった判断が必要でした。
上村さん:「アクセスポイントの配置」にも苦労しましたね。
「この端末はこのアクセスポイントにつながるだろう」と想定していたところ、実際にはユーザーの移動経路によって、想定外のポイントにつながったままになってしまうことが頻繁に起こってしまい……。
10万台超の端末が動き回る環境での最適なアクセスポイント密度や電波設計は、机上の計算だけでは決められない難しさがありました。
――まだ前例の少ない技術、そして他に類を見ない大規模環境の設計は、なかなか教科書どおりにはいかないということですね。
上村さん:はい。運用側の観点で言うと、新しい監視基盤における「監視パラメータの調整」が非常に難しかったです。
オブザーバビリティによって膨大なデータが見えるようになったものの、ある数値が出たからといって即座に異常とは限りませんし、設計によっては特定の傾向が出ることもあります。
そのため、「どのパラメータが、どういう状態を示しているのか」を一概に定義することが非常に困難だったんです。AIによる異常検知のチューニングも難易度が高い作業でしたね。
この辺りの調整は、実際に運用を回して実データと向き合いながら、手探りで最適値を探っていくしかありませんでした。今も、継続的に改善し続けている部分になります。
――プロジェクト成功の裏には、地道な試行錯誤の数々があったんですね。その後の成果はいかがですか?
渡瀬さん:最大の成果は、これまで捉えることが難しかったWi-Fi障害の事象そのものを捕まえる仕組み、つまり「再現性」を担保する仕組みが完成したことだと考えています。
そして同時に、収集したデータから状況を把握し、改善につなげる「可視性」も実現できました。従来は空振りに終わることも多かった障害調査が格段に進め易くなり、データに基づいた中長期的な改善活動の基盤が整っています。
単なる品質の向上だけでなく、これらの仕組み作りが完了したという点は、当社にとって大きな財産になったと思います。
上村さん:障害対応の面でも、変化は明らかです。AIが通信品質の異常を検知し、自動でパケットキャプチャを取得してくれるため、以前のように現地へ行って長時間調査する必要がなくなりました。
また、収集されたデータやパケットを分析することで、より深く原因を追求できるようになり、障害対応の質・スピードが格段に向上しています。
ーーこれだけの大規模プロジェクトに携われる経験は、そうないかと思います。技術者としての学びも多かったのではないでしょうか?
渡瀬さん:最新の通信規格や先進的な監視・分析技術の導入に、企画構想段階から携われたことで、技術に対する実践的な理解が深まったと感じています。これだけ大規模なネットワークインフラを設計して構築まで担当できた経験は、エンジニアとしての自信になりますね。
加えて、社内外の多くの関係者を巻き込みながらプロジェクトを推進していく過程で、調整力やコミュニケーション能力など、プロジェクトを前に進めるための力も自然と磨かれていきました。
上村さん:個人的には、日々の安定運用を見据えた「運用設計力」の重要性を強く感じたプロジェクトでした。
どうすればトラブルを未然に防ぎ、発生時にも迅速かつスムーズに対応できるか。それを考え抜いて仕組みに落とし込むプロセスは、非常に実践的な学びとなりましたね。
Wi-Fiのように変化が激しく、一見捉えどころのない分野だからこそ、粘り強く課題に向き合い、データを読み解き、技術を駆使することで、解決の糸口を見つけ出す面白さがあります。
今回のプロジェクトを通じて、その重要性と手応えを実感しました。
ーーその学びを活かして、今後更に取り組んでいきたいことはありますか?
上村さん:まずはこの新しい仕組みを安定稼働させながら、継続的に改善していくことが重要だと考えています。
オブザーバビリティ基盤から得られるデータを最大限に活用し、障害対応の迅速化はもちろん、通信品質のトレンド変化や劣化の予兆を捉えて先回りの対策を講じられるように、分析や運用の精度を高めていきたいです。
また、日々現場から寄せられる新しい端末導入や利用エリア拡大といった多様なニーズにも的確に応え、チューニングや拡張を迅速に行える体制を維持していきます。
ユーザーに寄り添ったより良いネットワーク環境の実現に向けて、これからも技術と運用の両面から貢献していきたいです。
渡瀬さん:技術的な側面で言うと、今回導入した「Wi-Fi 6E」「オブザーバビリティ」「AI」といった技術要素のポテンシャルを、更に引き出すことを目指しています。
例えば、AIによる異常検知ロジックを改善したり、蓄積された膨大なデータをより高度に分析したりすることで、運用のさらなる効率化や、将来のネットワーク設計に役立つ新たな知見を獲得できる可能性があります。
そして今後は、Wi-Fiという領域に留まらず、次世代移動体通信網や衛星通信といった新しい無線技術の動向にも注視していきたいですね。
それらを将来的にどう活用できるか、銀行のサービス向上にどうつなげられるかという視点を持ち続け、社会インフラを支えるエンジニアとしてさらなる貢献をしたいと思っています。
撮影/赤松洋太 取材・文・編集/今中康達(編集部)
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